地頭でわが子と挑む中学受験

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東大生をみて地頭がわかるか


養老孟司先生の「スルメをみてイカがわかるか」みたいな命題ですが、通りすがりにおじゃまさせていただいたブログで話題になっていたので、今回はこの話題について。そこでは「東大生は地頭がいい」という前提から出発して、何人もの東大生を観察することで「地頭ってなんだろう・・・?」に迫ろうとしていたのですが、東大生だからといって「地頭がいい」とは限らない。そんなわけで、これがなかなかうまくいっていなかったんですね。

そもそもの認識のすれ違いの発端は、「地頭=受験用語」という理解にあったようなのですが、アマゾンあたりでサーチしていただければ簡単にわかるように、そもそも「地頭」とは社会人のある業界で使われ始めた業界用語です。そこでは「地頭力」の定義について盛んに議論が行われていて、その効能についてもある程度の共通理解があります。その考え方が中学受験の世界に降りてきた・・・というか、3年ほど前のことでしょうか。我が家でこれを中学受験の世界に持ち込んでみたところ、かなりの程度ツカエル感触があったんですね。で、気がついてみたら受験の世界でそこいらじゅうで使われる用語になっていまして・・・ちょっとビックリしています。ええ、もとはといえば「地頭」というもの。これは受験用語ではなく、業界用語だったのでした。

ではこの「地頭」というもの。これが何を指しているかといえば、これも通りすがりのアンダンテさんのお言葉を拝借すれば、「努力がすなわち才能」「勉強量で凌駕する」というような「頭のよさ」とは対極にあるものなんです。例えばコンピュータのような、驚異的な記憶力や超高速で正確な演算力など。このようなお子さんの「頭のよさ」。コンピュータで置換できるこのような才能。「地頭」というものは、これとは正反対のベクトルを向いている。なぜそのような能力が求められるようになったかといえば、それはコンピュータでは置き換えのできない人材。それが社会の要請として求められるようになってきたからなんですね。ですからお子さんのコンピュータ的な才能をみがこうという考え方・・・今もまだ中学受験の世界では主流のようですが・・・そのような考え方では手にすることができないものなんです。

で、いまどきの東大生たち。どうやら察するに、この「コンピュータ」的な考え方でみがきあげられてきたタイプのお子さんたちが多いらしい。とすれば、ここには「地頭族」はあまり生息していないのではないか。そう考えてみれば、東大生をいくら観察しても「地頭」・・・という考え方の輪郭が見えてこなくて当然だろうと思うわけです。僕たちの世代には、もしその当時にこの「地頭」というコトバがあったなら、これに当てはまるであろう学生がたくさんおりました。そういう「キラメキ」をもった才能がたくさんいたわけです。彼らがどこに行ってしまったのか。それはわかりませんが、ではそれと置き換わるように東大を占拠するようになった「コンピュータ族」。彼らがどこからやってきたのか。それはおそらく今の「中学受験勉強」のあり方からきているのではないか。僕はそう思うのです。

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