地頭でわが子と挑む中学受験

豊かな学びと子育てが考える力や生きる力を育てます。無理のない受験を考えるための1つの新しい処方箋。

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なぜそこに不公平感が感じられるのか


いただいたコメントから。

思うに出来る子たちの出来る構図というのはまさに”元々”地頭がいいのであってそれをどうやって”元々の”地頭の良くない子が獲得できるのかが私にはわかりません。おそらく読者の方々もそれを具体的に知りたいのではないでしょうか。

「生まれつき」・・・というものを、僕は少し広い意味で解釈しています。たとえばお子さんが生まれてからものごころつくまでの間。あるいはお子さんがものごころついてから外界のさまざまなものごとに興味を示すようになるまでの間。このような時期にお子さんに何を与えてきたかで、お子さんの持つ「個性」が決まってくるように考えています。たとえばピアノの天才と呼ばれる人たち。この人たちの子供時代。ものごころついた時にはすでにピアノを弾いていた、というような逸話に事欠きません。しかしだからといって、そのようなお子さんが「ピアニストになる遺伝子」を受け継いで生まれてきた・・・というような説明は成り立たない。では天賦の才能とはなにかと問われれば、この例でいえばピアニストという個性。それをそのお子さんが後天的に獲得したものだろうと。ただこの後天的という部分。それはお子さんが生まれてからどのぐらいの時期をさすのか・・・つまりはこれが「元々」ということなのですが・・・これは注目するお子さんの個性によって異なるのではないかと思うのです。

「早熟・晩成」という個性。何人ものお子さんをみてきた経験からいわせていただければ、僕にはこれが、お子さんの成長のかなり早い段階で決まってくるように見えるんです。ですから中学受験期のお子さんたち。早熟なら早熟なりの、晩成なら晩成なりの受験をする、ということに不思議はないんです。これはお子さんたちの優劣ではなくて個性である。これが僕の見方です。ではなぜここに不公平感が感じられるのか。その理由が「いまの中学受験というシステムが早熟なお子さんたちに有利にできているから」なんですね。例えば「晩成なお子さんたちに有利な中学受験システム」というものだって考えることができるわけで、もしそのような受験システムが一般的であったなら、今度は早熟なお子さんたちが不利になるのは分かりきったことなんです。「早熟」なお子さんたちは打てば響くような反応をする。ただしその出力は単調になりがちです。一方「晩成」のお子さんたちは時間はかかるものの、バラエティに富んだユニークな出力をする。であれば「晩成」のお子さんたちのもつ、発想力・着想力。このような個性を最大限に活用できるような方法論を、いまの中学受験というシステムに持ち込んでしまえばいい。それが「地頭受験」というものの持つ意味なんです。

地頭力というもの。これは少しばかり高度な個性といっていい。これを身にまとうことのできる時期はほかの個性に比べれば、お子さんの成長段階の中でも後期に伸びるものだと考えています。それが小学生~中学生のころ。まさに中学受験期と重なっているように僕には見えるんです。では具体的にどうやったらお子さんの地頭力を伸ばせるのか。それがこのブログでひたすらくりかえし書いてきた「例題の読み合わせ」「課題文の読み合わせ」ということなのですが、これはそう難しいことではありません。ようするにお子さんの「発想・着想の瞬間をつかまえて」そのよい点をお子さんにくりかえしフィードバックしてあげる。簡単にいってしまえばそのような方法論なんです。詳しくは過去記事をご覧いただくか、あるいは新刊書のほうに体系的にまとめてありますので、そちらをご覧ください。

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