地頭でわが子と挑む中学受験

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ボクらの見た夢は何だったか


このことを文章にするのは初めてなのではないか、と思うのですが・・・子どもの頃の「ぱぱ塾ぱぱ」には、1つの夢がありました。それは、いつか「航空機」を設計してみたい、ということ。当時はまだ「鳥人間コンテスト」のようなものはありませんでしたから、航空機を設計しようとすれば、かなり機会は限られてくる。そのためのキャリアパス、というものも、とても狭き門をくぐらなければならないものでありました。

子どものころのボクは、とてもトロい子でありました。ですから格好のいじめの対象ともなったりしていたわけですが、そのいじめの首謀者というものが、学校でもいちばんの秀才君でありまして。のちに彼と唯一無二の親友になるとは、そのころのボクには想像もできないことでした。その彼と親友になったきっかけが、模型飛行機作り。当時はバルサ材を使ったキットも手に入れようと思えばできたのですが、少々小学生にはお高いものでした。ですので近所の美術用品店でバルサ材を安く買ってきて、自分で設計図を引いては試行錯誤で組み立てて飛ばしてみる、というようなことをやっておりました。かの秀才君は、これを見て「航空機」、それとそれに入れ込んでいるボクに興味を持ったようなのです。

いつしかボクの夢は、ボクらの夢になっていきました。「よし、おまえは飛行機を作れ。オレがそれを飛ばすから」

彼の進路はそのときに決まりました。彼はその後、県内で一番の県立高校に進学したあと、そこからハンドルを180度切って航空大学校(大学ではありません)に進み、海上保安庁に入ってYS-11を飛ばすようになりました。ボクはといえば、都内のぱっとしない私立高校に進学したあと、まあ、ありがちの、進路指導などという現実に直面するようになり、いつしか航空機を設計する、という夢もかすんでゆくように・・・。その夢が再び現実味を帯びてきたのは、ボクが浪人をした1年間での予備校生活の中でのことでした。駿台予備校・東大物理のあの「山本義隆」先生の講義に触発され、再び古典力学の道に興味を持ったこと。ここで目が覚めて、半年ほど爆勉し、気が付いてみたら、かつてのトロい子は、年末の東大模試で合格率80%をたたき出せるようになっておりました。

なぜ東大か?それはそこに「航空工学科」があったからです。その狭き門への切符を手に入れたい、との思いが、ボクの進路を選ばせたのです。当時の航空工学科の定員は十数人。毎年数千人の秀才が入学する東大にあって、はたしてその定員の中に滑り込むことができるのかどうか。それはまた別の話だったのでした・・・。

この話、続くかどうかわかりません(笑)

2017年9月3日記す
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