地頭でわが子と挑む中学受験

豊かな学びと子育てが考える力や生きる力を育てます。無理のない受験を考えるための1つの新しい処方箋。

できる、とはどういうことか

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勉強のできる子は地頭のよい子か?

勉強のできる子というものが、東大を頂点する「学力の階層構造」において「学力テスト」でよい点をとれる子であるという意味だとするならば、答えは「否」・・・というのが僕の立場です。数多くの東大生を見てきた僕の経験から言わせていただけば、東大生であっても「地頭のよさ」にはピンからキリまでありましたし、また数多くの社会人と交流してきた経験から言わせていただけば、地頭のよさを感じさせられる人たちの「学歴」もまた、ピンからキリまであったのでした。

非常にしばしば混同して使われるこれらの二つの「頭のよさ」。「勉強ができること」と「地頭のよいこと」。この二つは同じものではありません。片方がよければもう片方もついてくる、そのようなものではないのです。前者を特徴づけるコトバが「論理的思考力」、後者を特徴づけるコトバが「発想力」なんですね。そのどちらもが「考える力」の一つの要素ではあるものの、そのベクトルの向きはまったく別の向きを向いている。むしろこの二つの力は正規直交しているといっていい。

論理的思考力というもの。これは論理を破たんさせることなく筋道を順を追って考えてゆく力のことです。一つひとつの論理の過程を、階段を上るように着実におさえてゆく。必要十分な条件が与えられたならば、理屈からいって当然のこととしてある一つの答えに帰着する。このような、いわば決定論的なものの考え方のことです。それは論理が飛躍しているよ・・・という言葉が示すように、論理的思考というものは基本的に発想・着想などという不確定な要素を嫌います。

しかし僕は、育ち盛りのお子さんたちに本当に必要なのは、論理的思考力というよりは、むしろ豊かな発想力・着想力のようなものなのではないか。そう考えているんです。論理的思考力と常識と。そんなものを身につけてしまえば、そこから先、豊かな発想や着想などを身につけることは難しくなってしまう。であれば中学受験期のお子さんたちの今この時期を、発想力や着想力といったものを身にまとうために使ってみることはできないのだろうか。僕はそう考えるのです。

だから論理的思考力ではなく、お子さんたちの発想力・着想力といった地頭系の思考力。これを高めてあげよう、という発想がでてくる。コンピュータのもっとも苦手な部分。それが発想なり発明なりという、論理的思考の「飛躍」の部分。ここを強くしてあげようという考え方になる。地頭を強くしてあげようという考え方になる。論理的思考を発想・着想という飛躍で自由自在にコントロールする。「できる」お子さんたちのそのような力。これからの社会ではこのような力が生きてくる。僕はそう考えるのです。

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