地頭でわが子と挑む中学受験

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早熟という個性・晩成という個性

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過去記事からの再録です。

早熟という個性。晩成という個性。お子さんたちの持てる個性はさまざまです。これを偏差値というたった1つの尺度で測ること。これが現在の中学受験の縮図であるということは以前の記事に書きました。今の中学受験というシステムは早熟のお子さんたちに有利に働く。この現実を踏まえたうえで、あえてお子さんたちの個性をそのような尺度で測るということ。これはお子さんたちの一人ひとりの持てる個性を軽んじるということなのではないか。僕はそう思うんですね。では晩成という個性を持つお子さんたちをどのように評価してあげたらいいのか。この点について考えておく必要がある。そうすることが、お子さんたちの持てる個性を「あるがまま」に認めてあげること。さまざまな個性を持つお子さんたちを肯定することにつながってゆく。肯定しつつそれを伸ばしていってあげること。これこそが「子育て」ということなのではないか。僕はそう考えるんです。

晩成という個性を生まれ持ったお子さんたち。このようなお子さんたちを偏差値という尺度で測ってしまってはつまらない。偏差値というものはお子さんたちの個性の1つの側面をはかるための尺度にすぎません。お子さんたちの持てる個性というものは、もっとバラエティに富んでいる。偏差値というたった1つの窮屈な尺度では測ることのできない豊かさを持っているんです。晩成という個性を生まれ持ったお子さんたちは「ため」の部分が大きくできている。大きな器を持っている。早熟のお子さんたちに比べてそれだけ多くのものを吸収してから成長してゆくことになる。この「ため」の部分を充実させてあげることで将来にお子さんたちの個性が開花するんです。であればその「ため」の部分に何を授けてあげたらよいのか。この点が中学受験期のお子さんたちの成長を考える重要なポイントになってくる。

僕はこの点を「こどものじかん」に求めるべきなのではないかと考えています。豊かな体験=「経験知」を持って育ったお子さんたちは、その個性を大きく伸ばすことができる。その機会を得るためにはたっぷりとしたゆとりの時間が必要です。これを「御三家」仕様=「はやさ×物量」の中学受験カリキュラムで塗りつぶしてしまってはつまらない。ですから晩成という個性を持つお子さんたちにあった、ゆとりの時間を確保できるカリキュラムというものが別にあるべきだと僕は思うんですね。しかしそのようなカリキュラムはどこにも見当たらない。であれば、既存のカリキュラムというものを晩成のお子さんたちにあうように読みかえてしまえばいい。もう一つ付け加えるとすれば、そのように読みかえたカリキュラムを「子育て」そのものに活用してしまおうと。お子さんの考える力や発想力・着想力をみがくために使ってみようと。このようにお子さんたちの個性を最大限に活用できるような方法論を、いまの中学受験というシステムに持ち込んでしまえばいい。一つの考え方だと思うのですが・・・。

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